2017年6月25日日曜日

その時、あなたはどうしますか?




Decision Making Process

日本語にすると、意思決定の過程や、意思決定方法となるのでしょうか。飛行士として、飛行を安全に遂行するために求められるのは、離着陸や曲技飛行など基礎操縦技術だけではありません。私の専門とする分野ではありませんが、今日も「とてもいい飛行だった!」と飛行を終えられるよう、今回はDecision Making Processについて考えてみます。




Cessna 208B Super Cargomaster

高度7,000ft MSLで雲中飛行です。IMCですので、当然のことながら外を見ても雲が見えるだけです。20年ほど前は、まだGPSなどは一般的ではありませんでしたから、VORやDMEなどの航法計器だけで位置を判断していました。この機内にはMoving Mapが装備され、Situational Awareness(状況認識)の維持が易しくなりました。




雲の中に水分があるのは当然で、そこに降水がなくても、条件次第で機体外部に着氷が起こります。さて、どうしましょう?




上昇して雲の上に出ました。写真のように、表面積の小さなものほど氷は着きやすくなります。OAT(外気温度計)のプローブ部分は目につきやすく、Icingの程度を計るいい目安です。




圧縮空気を使用するDeicing Bootを作動させても、全ての着氷を除去することはできません。機体各部にはまだ多くの着氷があるはずです。


C-208BはIce Control Systemを装備していますが、それはIcingの状況を避けるためのものです。他のTurboprop機やTurbojet機と比較すると、飛行速度が低いために着氷は比較的短時間で進行します。高性能なIce Control Systemを装備するTurbojetの飛行機と異なり、その性能は非常に限定的です。




同じく、C-208Bです。今日は、高度10,500ft MSLでCA州Bishop空港へ。




西に見えるSierra Nevada山脈。距離的には、山の向こう側のOakland空港からBishop空港へ向かった方が近いのですが、時間をかけて、CA州南部のOntario空港から、山岳地帯を避けて飛行するルートが設定されていました。




Commercial Operation(事業用運航)には、定時性、迅速性、費用など、様々な考慮すべき要素がありますが、何よりも安全性が重視されるべきです。標高14,000ftを超える山岳地帯を、このような単発のターボプロップ機で飛行するルートを設けることは実用的ではありません。安全性からも、商業的にも、リスクが大きすぎるということです。




CA州Bishop空港(KBIH)

美しい山並みです。天候は良好、気温も低く、密度高度の問題もありませんから、Cessna 172の性能でも、あの谷間を飛行することも可能でしょう。では、ルートの選択が自由なプライベートな飛行を行うとして、あなたはあの山岳地帯をCessna 172で飛行しますか?




美しい! ・・・そう言えば、あの雲は何を意味しているのでしょうか?どのような行動が必要でしょうか?



Decision Making Processという題材で今回のBlogを書いていますが、これは


    Situational Awareness(状況認識)
     Options(選択肢を確保する)
      Choose(用いる選択肢を選ぶ)
       Act(行動する)
        Evaluate(評価する、診断する)


の5つのステップからなるものです。最後に再びSituational Awarenessに戻り、飛行中は繰り返し行われる一連のサイクルです。

中心となるのはSituational Awarenessで、これは飛行士として重要な能力の一つであり、また資質の一つです。昔、担当した訓練生が単独飛行のレベルにまで上達できず、上司に相談したことがありました。その方は、Situational Awarenessを的確に行えない、これが原因で、一連のDecision Making Processを進めることができないのです。「Situational Awarenessを教えることはできないんだ。確かに、訓練でSituational Awarenessは多少の改善があるけれど、根本の部分から変えることはできないんだよ。」と結論が出されました。

21世紀になり、GPSで位置が簡単に判断でき、飛行中でも気象状況を衛星経由で詳細に知ることができるようになりました。それらの装備のお陰で、Situational Awarenessを維持することは易しくなりましたが、それでもなお航空事故が続くのはなぜでしょうか。それはSituational Awarenessを助ける情報があったとしても、それを最終的に認識するのは飛行士です。そう、私の上司の言ったように、「Situational Awarenessを教えることはできない」のです。




今日はCO州Denver空港まで向かいます。Visibilityは良好ですが、Ceilingは3,000ft。この先は標高の高い地域の飛行です。あなたならどうしますか?




川の水は濁っています。激しい雨が降ったのでしょうか。




そろそろ前線です。対地高度は約2,500ft。山や尾根を越えるときに、わずかに低高度となってしまうことはありますが、2,000ft AGLは維持して飛行するよう取り決めを行っています。先導機の判断は適格。信頼できる仲間です。




無事に前線を超えることができたようです。 しばらくは安泰です。




再び天候が悪化してきましたが、まだ視界、雲高共に十分です。多くの場合、ルールとは正しいものであり、FARに定められたBasic VFR Weather Minimumもまた納得できるものです。




雨が降り始めました。Light Rainの範囲であれば飛行は継続します。しかし、ただ継続するだけではありません。Icingの危険性は?雨が少ない経路は?迂回路は?代替空港も確認します。




Propeller回転数を規定の範囲で調整し、雨による損傷を防ぎながら飛行を続けます。




CO州Denverに到着しました。空港に着陸後、程なくしてIMCになってしまいました。少々厳しい飛行でしたが、それを可能としたのは常に複数のOptionを維持していたためです。




ハイキング中に撮影した写真です。地図から判断すると、雲の高さは約1,300ft。このような天候でも、2-3分、10NMほどであれば、私も海岸線に沿って飛行することもあるでしょう。でも、100NMの距離を延々と飛行することはいかがでしょうか?




2014年6月、WA州の曲技飛行競技会に向かいました。高度8,500ft MSL、次第に同高度に雲が見えるようになりました。雲の上を飛行するか、雲の下を飛行するか、判断が迫られます。




雲の下は雨が降っており、また対地高度が不足していたため、雲の上を飛行しました。雲の厚さは6,000ft以上、地表は全く見えません。




下方から静かに近づいてくる雲の峰。雲を避けるためにさらに上昇を続けます。姿勢指示器も航法計器も持たない単発飛行機で、しかも滑空比の劣る曲技飛行機で、Undercastの上を飛行することは大きな間違いです。酸素もなく、とても公表できないような高度を飛行する羽目になりました。




右前方にTS。雲の下の切れ目から地表がわずかに見えます。あなたはここで降下しますか?




30分後。情報通りに雲が切れ始め、雲の下へ降下することができました。無事に飛行を遂行できましたが、他のOptionを全て失って飛行した、悪い見本の一つです。




富山県白馬連山。美しさの中に神々の存在を感じました。



2017年6月、富山県立山連峰でCessna 172が墜落し、乗っていた4人全員が亡くなるという、痛ましい事故が起きました。まだ事故原因は特定されておらず、天候の悪化に伴う視界不良や、山岳地帯の乱気流に巻き込まれたのではないか、などと言われています。

いえ、厳しい言い方となりますが、仮にそれらが事故の直接的な原因としても、根本にある原因は、当該飛行士のDecision Making Processの欠如です。

Decision Making Processには正解はなく、いくつものBetterと、いくつものWorstがあるのみです。基礎操縦技術や気象の知識を習得することも重要ですが、Decision Making Processは最も習得が難しく、そして航空安全に最も重要な事柄ではないでしょうか。

亡くなられた4人の方のご冥福をお祈りします。

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