2014年2月26日水曜日

Energy Managementに思う




ある曲技飛行競技会の会場でのこと。私の競技飛行の後、機内のG-Meter(飛行中のLoad Factorを表示し、また最大値を記録する計器)を見た方が、最大で+5.0G/-3.5Gを指していたと、私の予告通りだったと驚かれていました。

何とも手前味噌な話題で恐縮ですが、実はこれは必然で、トリックでも何でもありません。限られた飛行性能を用いて競技を行う以上、効率を最大限にして飛行する必要があることは言うまでもないことですが、単にその結果このような数字が得られただけのことなのです。今回は私の考えるEnergy Managementについて綴ってみたいと思います。







曲技飛行を行うにおいて、Load Factorはどの程度必要なのか、精度を上げるためにどのくらい掛けて飛行するのかは、常に疑問になることです。競技を目的としないRecreational Aerobaticsの場合、Load Factorが最大となるであろうLoop系の下部分でも、せいぜい+3.0G程度です。これが競技飛行となると、Pitts S-2系では最大で+4.5G~+5.0G、Extra 200や300/Lでは+7.0Gあたりで、それ以上はEnergyを失うだけだと言われます。

では、Pittsで+6.0GもかけるとEnergyを捨てているということなのか?Extraでは+10Gは無意味なことなのか?「減速するため」、「高いLoad Factorを経験するため」などという目標があるならば話は別になりますが、効率を求めた飛行を目標としているなら、答えはYESです。

同様に、Pittsで飛行するとして、引き起こし時に常に+5.0Gを目標とすることも全く無意味です。なぜなら、その時の速度によって、ある時は+2.0Gであったり、ある時は+4.0Gであったりするからです。では、速度毎の最適な最大Load Factorは全て記憶していなければならないのでしょうか?いいえ、その必要はありません。

Load Factorが目標ではないのなら、一体何を指標にして飛行すればよいのでしょうか。




三菱 零式艦上戦闘機 52型
(Wikipediaより)



ここで1つ問題を。最近、小説や映画などで零式艦上戦闘機、通称「ゼロ戦」が話題になっていますが、ではあなたがゼロ戦の搭乗員で、迫り来るグラマン「ヘルキャット」と交戦しなくてはならないとします。こちらはすでに旧式となった、最大出力1000HP級の戦闘機。敵は重装備の2000HP級の最新型の戦闘機。格闘戦はもはや古い時代となっているかとは思いますが、仮に格闘戦をするとして、飛行中あなたはどのような飛行を心がけるでしょうか?



A. Load Factorが少ない飛行を心がける。最大でも+2G程度。
B. 引き起こし時のLoad Factorは強く。機体が許容する最大荷重まで。
C. ゼロ戦では常に+5Gが高効率。(注: 私はゼロ戦の飛行経験がありませんので、この数値は適当です。)

勝利できるかは時の運もあることでしょうが、残念ながら、上の答えを挙げたような、Load Factorという数値に固執した方は格闘戦で勝利することはできません。なぜなら、Load Factorと抗力は揚力を発生させた結果生じた、ただの副産物だからです。Load Factorを目標に飛行しても、揚力が最大限に得られているとも、効率も最大限にして飛行しているとも断定できません。次の方の答えはどうでしょうか。




Grumman F6F Hellcat
(Wikipediaより)



D. 揚力係数が最大となる迎角で飛行して、揚力を最大限に確保する。

Load Factorという概念から離れ、迎角という考えにたどり着いた方には少し勝利の可能性が見えてくるかもしれませんが、これも惜しい答えです。このような飛行を行ってしまっては、高出力エンジンを装備したヘルキャットの餌食です。航空力学の教科書で見られる迎角と揚力係数のグラフで、揚力係数が最大となる迎角では、確かに揚力は最大限で発生できますが、同時に翼面上で気流の剥離が広範囲で発生していますから、発生する抗力も非常に大きくなります。2000HP級のヘルキャットでは物ともせずに飛行が続けられても、1000HP級のゼロ戦ではあっという間に減速し、背後を取られると想像できます。



E. 翼面の気流の剥離が発生する直前の迎角を最大として飛行する。

お見事です。Eを挙げた方は、エースパイロットとして歴史に名を残すことでしょう。ご武運を。




元海軍戦闘機搭乗員 岩本徹三 先生
(Wikipediaより)

旧日本軍のトップエース。終戦までに202機を撃墜したと言われています。



飛行機は速度(対気速度)で飛行すると思われますが、それは間違いではないとしても、正しくもありません。他の要素もあることでしょうが、私が日常で経験する、空気密度が高い大気の最深部で、最大でも200KIAS程度で飛行する速度域では、飛行を司るのは迎角と認識します。

では、横道に十分にそれたところで、そろそろ本題に戻りたいと思います。本題であるEnergy Managementの解説のために、下のグラフを再びご覧ください。




Angle of Attack VS Coeficient of Lift



上がAOA(迎角)とCoeficient of Lift(揚力係数)の関係図です。何の変哲もない、航空力学の教科書でよく見かける曲線ですが、私の手書きですので、曲線の変化などで間違いはあるかもしれません。ここでは、AOAが変化すればCLも変化し、結果揚力も変化することを示しています。

このグラフを簡単に見ると、迎角が増加するに従って揚力も増加していき、あるところから下向きに下がっていくということが判ります。しかし、ここに示されているのはそれだけではありません。よく見ると、さらにいろいろな情報が含まれています。このグラフを加工して、下のようにしてみました。




Angle of Attack VS Coeficient of Lift   改



先のグラフに1から4まで数字を加えてみました。これは、曲技飛行訓練を始める方に座学で紹介し、飛行中に迎角がどの領域にあるのかを説明するときに使うものです。このグラフを元にSlow Flightを行うと、翼面上の気流の存在を体感でき、低いLoad Factorでありながら高迎角の飛行を体験できます。

このグラフで最も目に付くところは、やはり3の部分でしょうか。ご存知の通り、この迎角はCritical Angle of Attack(臨界迎角)です。この迎角では、発生する揚力係数が最大となるため、与えられた翼型の翼面積、対気速度、空気密度において揚力も最大となります。確かに、ここを維持して飛行することで揚力は最大に用いることができますが、同時に翼面の気流の剥離も広範囲でおきているために抗力は大きく、飛行の効率は下がります。そして、ここから迎角がわずかにでも増加すると、気流の剥離は激しくなり、4のStall(失速)と呼ばれる領域に向かいます。

他の領域は何を示しているのでしょうか。3の手前の2の領域(Rumble)は、翼面に気流の剥離が始まり、その領域が広がっていくところです。それまでは直線的に増加してきた揚力係数の増加に陰りが見え、増加の傾向に限界が近付いていることを示しています。3よりも抗力は少ない状況ですが、それでも効率のよい飛行が行えるわけではありません。

最も効率が高くなるのは、最後に残った1の迎角(Tickleの開始直前)を最大値として飛行することです。1は3よりも揚力係数は低いものの、発生する抗力は最小限に抑えることができますから、その速度域の飛行性能が敵機よりも優位にあれば、格闘戦では勝利することができるでしょうし、曲技飛行では最もEnergy Lossが少なく飛行できるということになります。




元海軍戦闘機搭乗員 坂井三郎 先生
(Wikipediaより)

先生は自伝で、「1000馬力の飛行機には1000馬力しか出せない」との言葉を残しています。その言葉が少しずつ判ってきたような気がします。



しかし、AOA Indicator(迎角表示機)のない、簡素で原始的な曲技飛行機で、どうやってこのような飛行が可能となるのでしょうか。答えは訓練を繰り返し行うしかありません。通常の飛行中は何となく判るTickle、Rumble、Buffetの情報も、緊張や他に注意があると不明瞭となります。私自身、曲技飛行、特に競技飛行中は、緊張のあまり迎角を過大に取ってしまい、Accelerated Stallさせてしまったことが多くありました。冷静に飛行すれば、機体を通して気流の剥離がわずかに発生し始める、1の状況が判るのですが、当時のまだ経験の少ない私にはとても難しいことでした。これが訓練を続け、飛行経験を積むことで私のような人間でも克服できるのですから、人間の可能性はすごいものです。

ここまで解説して、なぜ私の曲技飛行後のG-Meterが、予告通りの数値を示していたか、もうお分かりいただけたと思います。それは、「飛行に必要な速度で飛行して、最大限の揚力を最小限の抗力で得られる迎角を超えない範囲で飛行したため」   ただこれだけのことです。むしろ、これ以上のLoad Factorの飛行にはなり得なかったのだと、これを種明かしとして、私の思うEnergy Managementの一部分の解説を終わります。






〈追記〉 文章内の、Tickle、Rumbleなどの言葉に疑問を持たれた方は、ぜひお近くの飛行学校で曲技飛行訓練をどうぞ。通常飛行訓練で見ることのできない領域に光を照らし、新たな世界をご紹介します。

2 件のコメント:

CFI-JAPAN さんのコメント...

TickleとRumble、初めて聞きました。単に私が知らなかっただけですけど。

個人的な疑問はなぜ、ピークがStallと定義されているのか?が不思議ですね。 まあ、定義ってのは人間が便宜上に作った物ですけど、私ならTickleをStallにすべきと思います。剥離が始まってるので、CLの上昇率が悪く成る訳ですから、昔から何故なんだろうと思ってました。そして4の終わりをFull Stallにして、3をPeak Liftにすれば良いのに、と思ってす。

Angle of Attackと聞くと、5年ほど前に着陸はAirspeedじゃなく、Angle of Attackで行えばこれ程良い物は無いって書いておられましたよね。Angle of Attackの平行で正反対Flight Path。 曲技飛行はFlight Pathが採点の基準となるのでしょうか? そう考えても、Angle of Attackを意識するのは効率の良い考え方ですね。引退した私が、Angle of Attackを意識しながら飛行するチャンスはもう無いでしょうけど、復活して試したいですね。まずは着陸時のAngle of Attackからです。

Yuichi Takagi さんのコメント...

上田さん

TickleもRumbleも、アメリカ軍飛行士のスラングと思います。おそらく、適切な標準語はないのでしょう。Attitude Aviationでこんな言葉がよく使われました。

曲線の1の部分をStallとすると、今度は4の領域の名称はどうするかという話になります。滑空機や非プロペラ機は判りやすいですが、1を判断するには経験が必要です。今度飛行したときは、どうぞこの領域を試してみてください。