2020年2月16日日曜日

時には昔の話を 2





2010年2月18日、17時18分(米国西海岸時間)。FedEx Feederの単発ターボプロップの小型貨物機、Cessna 208B、Super Cargomasterは定刻でCA州アーケータ空港を出発した。

日没は17時54分。2月になり日は延びたが、出発地のアーケータは雲に覆われ、また上空にも雲が残り、離陸後すぐに暗闇に包まれて夜間飛行になった。






高度9,000ft MSLにレベルオフ、南東へ進む。サクラメントバレーに入ると完全にVMCになった。アイシング(着氷)もなく、今夜の飛行はいつになく順調だ。今夜は宿に早く帰れるだろう。

自機はSouthwestやUnitedなどの旅客機に交じり、サクラメント国際空港の滑走路16Rへ、対気速度170KIASでヴィジュアルアプローチを開始した。滑走路まで約1Mile、高度300ft AGL、速度約160KIAS。おや?前方に何か、白い雲が見える。・・・いや雲じゃない、鳥の群れだ!






「バン!」


同18時41分、バードストライク。避けることもできず、一羽が右側主翼の、レーダードームの向こう側に衝突したようだ。しかし運がよかった。どうやら右側主翼に当たっただけで、エンジンの運転は順調だ。突然のことで驚いたが、滑走路も近い。今はまず着陸しよう。

パワー バック、フラップス ダウン。減速と共にAOA(迎角)を増やし、そして増えたAOAが増えすぎないように、AOAをCAOA(臨界迎角、失速角)に近付かないように、フラップスを下げる・・・。

しかしおかしい。なぜか飛行機が右へロールする・・・。左エルロンを入れるものの飛行機はさらに右へロールを続け、ついに右に20-30度バンク、しかしエルロンはすでに左へ一杯。

一瞬、炎に包まれる自機が脳裏に浮かぶ。いやそれはまずい。パワーを足して、エルロンにDynamic Surgeを加え、飛行機を水平に戻すことができたのは運がよかった。少々ハードランディングになったものの、着陸し、飛行は終了。

「助かった・・・。」






事故後の検査:

鳥は右側主翼に備え付けられているレーダーの外側、ランディング/タキシ―ライト部に衝突した。衝撃は右側主翼のスパーウェブ、スパー(主桁)のロードを受け持つ主部分に伝わり、結果スパー全体が下向きに変形した。加えて、エルロンのコントロールケーブル部分が脱落し、エルロンコントロールが減少した。

当該機は右側主翼を交換し、約3か月後にサービスに復帰した。現在も活躍中だ。






事故回避の方法は: 


バードストライクの防止は・・・。それは鳥を避けることの他にはない。


鳥は通常、曇りの時なら、雲の下や雲の上を飛ぶことが多いから、雲を抜けるときに注意しろと、またイナーシャル セパレータを開いて、異物の混入に備えろ、などと言われる。外を注視することで発見も可能だろうが、単独飛行が主の小型貨物機の運行では、やはりワークロードの面で難しい。

では、この件で発生したフレア中の右ロールについてはどうだろう。バードストライクの結果、右側主翼のスパーキャップが下向きに変形、またエルロンのコントロールケーブルの脱落が原因とのことだ。

これは私見だが、鳥が衝突して主翼のリーディングエッジ(前縁)が破損、変形したことで、気流の剥離が早期に起き、右側主翼のストール(失速)が早くなったこともあると思う。なぜ翼型がそのような形状になっているのかを考えれば当然のことだろう。

飛行中に主翼や尾翼が破損しリーディングエッジが変形したら、速度は高めを維持し、迎角はなるべく浅く、着陸時のフレア(引き起こし)は最小限にした方がよい。尾輪式飛行機でいうところのウィールランディング(接線着陸)の考えだ。これを用いることで、片翼の早期失速を含む、異常な失速現象を防ぐことができるはずだ。






もし、それでも飛行機のロールをコントロールできなかったら・・・。私は主翼の破損まで考えていなかったし、またエルロンのコントロールロスも頭になく、いつも通りにフレア操作をした。結果、上記のようにエルロンが「足りない」状態になったわけだが、そこで有効な手法の一つが、通称「Dynamic Surge」だ。一般的には曲技飛行での超高迎角機動で用いられる手法で、通常飛行では不要。しかし私は、Cessna 208Bにおいては強い横風下の離陸時に、この手法を使って早めにウィングローに移行して離陸するなど、普段から親しんでいた。

エレベータやエルロン、ラダーなど、操縦舵は最大角度からわずかに戻し、また最大角度に入れる「サージング」を与えると、一定角度で維持するよりもその効果が向上する。例えば、低速度+高迎角からループ(宙返り)を行うとき、エレベータに「サージング」を加えると、勢いを失った機首上げを再開させることができる。

スピントレーニングで飛行機が完全なオートローテーションに入ってしまい、通常のスピン リカバリーでは止まらないということも、過去に何度か遭遇した。その時は、ラダーとエレベータをサージングさせて回復させた。

同様に、強い横風のある滑走路から離陸するとき、教科書的に、エルロンを最大角度で風上側に保持しているよりも、最大角度とわずかに戻した角度とを往復させた方が、早くにウィングローに移行でき、離陸時の方向維持を容易に行える。その効果はせいぜい60-70KIASでウィングローになるところを、50-60KIASで行える程度のもので、必ずしも必要な操作ではない。また着陸時に使ったことはこれが最初だったが、こうした研究(遊び)が身を助けたとも言えるはずだ。






鳥の正体は:

翌日、鳥の遺骸は検査機関に運ばれ、衝突したのはタンドラ スワン(Tundra Swan、コハクチョウ)と判明。サクラメント周辺は川や湖が多く、鳥の群れは常に目にした。コハクチョウは翼幅が2m前後の大きな鳥で、もし複数の鳥に衝突したら、操縦不能になることは十分にあり得る。コハクチョウ、許しておくれ。






この一件から10年。職業飛行士として毎日飛び続けていれば、いずれまた何かあるだろう。

でも今は、10年間の無事故達成が嬉しい。
Happy 10-year anniversary!



詳しい内容はこちらから:
NTSB Accident Number: WPR10LA141
https://reports.aviation-safety.net/2010/20100218-0_C208_N892FE.pdf