いくつかのスピンの基本情報をお伝えしたところで、実際にスピンがどのような段階を辿って行われるのかを見てみましょう。
スピン(アップライト ノーマル スピン)の3つの段階 (Jeppesen テキストブックより)
ウェイト アンド バランスを規定範囲内に保ち、ポジティブ側へのストールとヨーイングによってスピンを行い、さらに飛行士による余計な操作がなければ、そのスピンは「アップライト ノーマル スピン」となります。
行われるスピンが意図的であるか、またはそうでないかに関わらず、そこへ辿りつくまでにいくつも存在する原因を維持、継続させることによって、飛行機は最終的にスピンに到達します。ストールとヨーの2つの操作が行われ、スピンへと移行し、最終的には回復操作が行われて通常飛行へと戻ります。スピンの発生から回復まで、いくつかの段階に分けられる様子が上の図で示されています。
スピンの段階分けは、「インシピエント (incipient、初期の段階)、フリー デベロップト (fully developed、完全に発達した段階)、リカバリー (recovery、回復)」の3つか、またはさらに「エントリー (entry、開始)」を加えた4つが一般的です。ここでは、スピンの3つの段階分けを用いてみたいと思います。
〈動画〉 Pitts S-2C アップライト ノーマル スピン
こちらはスピン(アップライト ノーマル スピン)中の機内の様子です。動画では4回転のスピンが行われていますが、よく見れば、やはり3つの段階に分かれている様子が判ります。
0:05 エレベーターによるストールと、ラダーによるヨーイングが加えられる。
0:05 ‐ 0:10 インシピエント スピン。スピンへ移行する段階で、安定(通常飛行)を望む飛行機と、スピンを要求する飛行士の間で意見交換が行われている段階。ストールとヨーの入力による振り子現象も発生し、多くの飛行機では、スピンの開始後の2-3旋転がこれにあたる。飛行士のスピンを行いたいという意思を、飛行機が承諾する様子がスピンの旋転速度が速くなることで判断できる。
0:10 ‐ 0:15 フリー デベロップト スピン。スピンの旋転速度が最大限になり、飛行のエネルギーがスピンを継続することに用いられている。以後は、飛行機のスピンを継続するという意思を以って行われ、一定の旋転率と降下率を保って行われる。飛行士による積極的な操作がない限り、通常飛行への回復はない。
0:15 ‐ 0:16 リカバリー。スピンの旋転と反対方向のラダーが入力。ただし、エレベーターは引き続き引かれ、ラダーの効果を最大限にする。
0:17 引き続きリカバリー。スピンの旋転率(ヨーイング)の減少を見て、エレベーターのアンロードが行われたところ。スピンが停止し、通常の降下状態となる。
0:18 入力したラダーを中立にして、反対方向、この場合は右方向へのスピン(クロスオーバー スピン)を防止する。
0:19 パワーとピッチを上げ、高度低下を最小限にし、安全高度へと上昇する。
動画では操縦操作が撮影されていませんから、どのような入力で行われたかが判り辛いと思います。別に撮影した、Extra 300Lの操縦席での写真をご覧ください。
機体は再びExra 300Lです。
まずは、スピン エントリーの準備を行います。
高度を十分に得たら、パワーを絞って減速します。
誤解がないようにしたいところですが、減速によって飛行機がストールするのではありません。ストールに速度は無関係で、ストールに必要なのは臨界迎角以上の迎角です。+ 1Gの状態で、不要な負荷をかけずにストールさせるために減速が必要なのだとご理解ください。
完全にストールする前にスピン エントリーの操作を行うと、ラダーの効果が十分であるためにスピンが容易に行えます。また、ストール領域での「ロール ダンピングの喪失」による不要なローリングを防ぐこともできますから、迎角は臨界迎角以下で、尚且つ速度を保った状態(Extra 300Lの目安は70KIAS、Pitts S-2系では70MPH)で開始します。
エレベーターを最後方まで引き・・・
スピンさせたい方向のラダー ペダルを蹴ると、ストール + ヨーの結果、スピンとなります。訓練であれば、高度の範囲内でスピンを継続して、動きを観察してみましょう。何か新たな発見があるはずです。
では、続いて回復操作に入ります。私が推奨する回復操作は、ご存知のP A R E(ペア)です。
P - Power (パワー)、パワー アイドル
A - Aileron (エルロン)、ニュートラル
R - Rudder (ラダー)、オポジット
E - Elevator (エレベーター)、アンロード
では、このP A R Eを使ってスピンからリカバリーさせてみましょう。
1. パワー アイドル
パワーオフ ストールの要領でスピンを開始しましたから、パワーは最初からアイドルであることは判っていますが、確認は怠らずに行います。これによって、回転するプロペラによるジャイロの摂動やPファクターなどが解消し、スピン リカバリーが容易になります。
2. エルロン ニュートラル
エルロンが中立位置であることを確認します。機種によっては、エルロンの入力が原因でスピンの回復が遅れる場合があります。
3. ラダー オポジット
スピンの旋転方向とは反対側のラダー(右)を蹴ります。ただし、反対側のラダーとは、踏んでいるラダーを入れ替えることでも、主翼の上がった側でもありません。必ずエンジンカウルの上部を見て、旋転方向を目視で確認します。
また、ラダーは「押す」のではなく、「蹴る」です。蹴ることで空気の反発が生じ(Dynamic Surge)、スピンを止める力を最大限にします。うちわでゆっくりと扇いでも風は起きませんが、速く動かせば風が起きることと同じです。
スピンの旋転速度が少なくとも遅くなるまで、「オポジット ラダー + エレベーター バック」を維持します。
4. エレベーター アンロード (ニュートラル、センター)
3によるラダー操作で、スピンの旋転速度が少なくとも遅くなるまで待ち、その後エレベーターを中心位置に素早く戻します。私はアンロード(荷重を減らす)という表現と操作を好みますが、ニュートラルでもセンターでも好みでよいと思います。
エレベーターの効果が大きな曲技飛行機では中立位置で十分ですが、CessnaやPiperなどの飛行機では、ストールを回復させる位置(多くの場合は最前方)まで素早く戻します。中立位置では不十分であることが多いので、実施前に経験豊富な飛行士にご確認ください。
以上が、スピン リカバリーの手順、P A R Eです。PとAを同時に行っても問題はありませんが、RとEは入れ替えてはいけません。また、機体性能と旋転の加速の程度により、RとEの間には旋転速度の減速するまで待つことが少なくとも必要です。これらを見逃すと、スピンの回復が遅れたり、回復しないことも十分に考えられますので、ご注意ください。
「スピンは手足を離せば止まる。飛行士の操作がスピンを悪化させる可能性もあり、手足を離すことは有効なスピンの回復方法だ。」
まれにこんな意見も聞かれますが、どうなのでしょうか。
これはYesであると同時にNoでもあり、スピンの経験が少なく、Fully Developed Spinの領域までの経験がない方に聞かれる意見です。すでに解説したように、手足(操縦桿とラダーペダル)による入力を止めることでスピンへの移行を防げるのは、インシピエント スピンの段階までです。それ以上の、フリー デベロップト スピンにまで発展してしまえば、飛行機はその安定性からスピンを継続していますから、手足を離しただけでは確実な停止は期待できません。
ただ実際のところ、曲技飛行を安全に行えるように設計された曲技飛行機では、Hands off recovery(Beggs Mueller Method)と呼ばれる、操縦桿から手を離した状態でも自動的に回復しますが、少なくとも旋転とは反対方向へのラダーの入力は必要です。また、反応するまでにおよそ2 - 3秒の時間がかかり、その間の高度の低下は当然大きくなります。
機体の性能を確認していただくため、訓練でHands off recoveryをお見せすることもありますが、私はこれを最終的な目標とは認めません。操縦を最後まで(または脱出の決心するまで)続けることは飛行士としての義務です。消極的な手法は操縦操作ですらないと私は考えます。
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